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東京地方裁判所 平成9年(わ)1891号 判決

主文

被告人Aを懲役一年二月に、同Bを懲役一年六月にそれぞれ処する。被告人両名に対し、この裁判が確定した日から各三年間それぞれの刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、Cと共謀の上、甲野信用金庫(以下「金庫」という。)の会長であるD及びその家族に関する預金残高を記載した書類を窃取しようと企て、当時金庫高円寺支店支店長であった被告人Aにおいて、平成九年四月二八日午前九時三〇分ころ、東京都杉並区《番地略》所在の同支店において、同支店備付けの営業用汎用端末機を操作して、同都世田谷区《番地略》所在の金庫事務センター(以下「事務センター」という。)のホストコンピュータに電磁的に記録・保存されている右D外二名の預金残高明細等をアウトプットさせて同支店備付けの用紙に印字した、金庫が所有し、金庫理事長Eが管理する軒先総合取引照会票二通及び取引状況調書五通を取り出した上、同日ころ、被告人Bに郵送するためこれらを同被告人あての封筒に封入して窃取した。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

罰条

被告人両名につき、刑法六〇条、二三五条

執行猶予

被告人両名につき、刑法二五条一項

(争点に対する判断)

一  被告人Bの弁護人は、次のように述べて、いずれにしても本件につき窃盗罪は成立せず、同被告人は無罪であると主張する。

1  判示書類(以下「本件書類」という。)に化体されている「情報」は、私人のプライバシー情報にすぎず、現行法上財産犯によって保護されるものではなく、企業秘密としても、経済的価値がなく、少なくとも刑法で保護するに値するほどの経済的価値がない。また、本件書類「それ自体」の経済的価値は一枚数円程度であり、可罰的違法性がない。

2  被告人Aは、本件当時金庫高円寺支店支店長として、同支店で管理する書類を占有するとともに、情報管理統括責任者に任命され、本件書類についても、管理及び処分の権限を与えられていたのであるから、同被告人は本件書類を占有していたもので、同被告人に窃盗罪は成立せず、したがって、被告人Bについても窃盗罪の共犯は成立しない。

3  被告人Bの本件行為は、D会長の脱税疑惑を告発するために行ったものであるから、社会的に相当な行為であり、保護されるべきである。

二  ところで、被告人Aは、コンピュータに電磁的に記録保存されている預金残高明細等をアウトプットさせて前記支店備付けの所定の用紙に印字した本件書類を私信用の封筒に封入したものであり、このような場合には、印字前の用紙を取り出した行為とその後の行為とを分断することなく、支店備付けの用紙に電磁的記録をアウトプットさせて印字した書類を私信用の封筒に封入した行為の全体をとらえて犯罪の成否を論ずるのが相当である。そうすると、金庫の顧客の預金残高明細等を記載した本件書類について窃盗罪の成否を検討すべきこととなるところ、右情報を内容とする本件書類が窃盗罪における財物に当たることは明らかである。

三  そこで、本件書類がだれの占有に属していたかについて検討する。

1  関係証拠によれば、金庫においては、預金明細、残高明細等の個人情報については、営業部本店及び支店等に保管中の帳票以外は、すべて事務センターのホストコンピュータに電磁的に記録・保存して、集中管理されており、当該顧客の預金明細等を記載した軒先総合取引照会票又は取引状況調書を作出するときは、顧客番号が分かっている場合には、各従業員において、営業店用汎用端末機に金庫から貸与されているIDカードを読みとらせた上、同端末機からこれらの照会をするシステムになっていることが認められる。

2  そして、甲野信用金庫処務規程(甲3号証添付)及び平成五年二月一〇日付け「顧客情報管理体制の充実、強化について(通達)」(甲4号証添付)によれば、金庫においては、支店長は、金庫の業務を統括する理事長の命を受けて、その支店の事務を処理する権限を有する(同規程42条)とともに、情報管理統括責任者として、支店全体の情報管理を統括する権限を与えられていること(同通達[2]1)、また、端末機から事務センターのホストコンピュータに照会する際には事前に役席者の許可を得るとともに、業務終了後に情報管理責任者である各担当副支店長において照会内容の記載された取引状況調書等の帳票類を廃棄することとされていること(同通達[3]3)が認められる。

3  以上によれば、支店長が、支店においてその業務の過程でアウトプットして作出した軒先総合取引照会票及び取引状況調書等の帳票類の管理者であることは認められるものの、他方、支店長は、事務センターのホストコンピュータに電磁的に記録・保存されている顧客情報自体を管理しているものではなく、右顧客情報は、事務センターの統括者である専務理事(甲3号証)、究極的には、金庫の業務を統括する理事長(甲2号証)の管理に属すると認められる。そうすると、支店長は、業務上必要な場合には右ホストコンピュータに電磁的に記録・保存されている顧客情報を自己の判断で利用する権限を与えられ、かつ業務の過程で作出された顧客情報の記載された帳票類を統括的に管理する権限を与えられているものの、それにとどまるというべきであり、もとより業務上の必要がないにもかかわらず不正の目的で右顧客情報を入手することが許されないのは当然であって、かかる目的で作出した帳票類についてまでその管理をゆだねられているとはいえず、そのような帳票類については、当該情報の管理者の管理に属すると解するのが相当である。

4  本件書類は、業務上の必要がないにもかかわらず、第三者に漏出させる目的で作出したものであるから、以上述べたところにより、究極的に理事長が管理するものであり、その占有に属するものと解するのが相当である。

四  前記一3の点は、違法性阻却事由がある旨の主張のようであるが、被告人Bの本件行為が所論の目的に出たものであったとしても、違法性を阻却する余地のないことは明白である。

五  以上により、被告人Bの弁護人の前記主張は採用しない。

(量刑事情)

本件は、金庫の元専務理事被告人Bが、元金庫職員Cを介して現職の支店長であった被告人Aに指示して金庫の顧客情報を入手して漏出させたもので、金融機関である金庫の信用を著しく失墜させる悪質な行為である。

被告人Aは、本件当時現職の高円寺支店長として、顧客の信用の重要性を十分認識していたことはもとより、顧客情報が外部に漏出することのないよう支店職員を監督すべき立場にありながら、自ら不正に顧客情報を入手して外部に漏出させたもので、いかにかつて恩義を受けた元上司の強い依頼があったとはいえ、余りにも思慮を欠いた行為であって、その責任は重大である。

被告人Bに至っては、同被告人も長年金庫に勤務して専務理事の要職にまで就き、本件行為が金庫の信用を著しく失墜させることとなることを知悉していたはずであるにもかかわらず、D会長の追い落としを画策して、元上司の立場を悪用して、自らは手を汚すことなく、部下であった共犯者らを利用し、同人らに執ように要求してD会長とその家族に関する金庫の顧客情報を不正に入手してこれを匿名で雑誌編集者に提供し、その内容を雑誌に掲載させたもので、本件の首謀者であるとともに、手段も卑劣であって、同被告人の刑責は重く、その行為は厳しく非難されるべきである。

しかしながら、被告人Aについては、当然の報いとはいえ、本件により支店長の地位はおろか金庫職員の身分をも失うに至ったこと、被告人Bの強い依頼により本件を敢行したもので、従的立場にあったこと、反省悔悟の念が顕著であること、金庫との間で示談が成立し金庫において同被告人を宥恕していること、これまで金庫職員としてまじめに勤務していたもので、もとより前科はないこと等同被告人のためしん酌すべき事情も少なくない。

また、被告人Bについても、やや表面的ではあるが一応反省の言葉を述べていること、今後このような行為はしないことを誓っていること、長年金庫職員として勤務していたもので、同被告人ももとより前科はないこと等同被告人のためしん酌すべき諸事情もある。

そこで、これら諸般の情状を総合考慮し、被告人両名については、それぞれ、主文の刑に処した上その刑の執行を猶予するのが相当であると思料した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 被告人両名につき、各懲役一年六月)

(裁判官 金谷 暁)

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